今日も元気よ!カタカムナKATAKAMUNA ANIME PROJECT

あの日に出会った
不思議は、
今でも思い出せる
から。

超自然科学部の日常 / 目次

WEB NOVEL / 第6話 後編

菟原処女の伝説

06:

まず、菟原処女というのは、菟原の土地にいた娘、という呼び方ね。 昔のこの辺りに、とても美しい娘がいたと伝えられているの。

美しいだけじゃなくて、心が優しく、機織りも上手だった。 その評判が広まって、一目会いたいという人が訪ねてくるようになったのよ。

その中に、二人の若者がいた。

一人は、娘と同じ菟原の土地に暮らす男。 もう一人は、海を隔てた和泉の国からやってきた男。

二人とも、娘を妻に迎えたいと願っていたの。 しかも、片方が明らかに意地悪だったり、頼りなかったりするわけじゃない。どちらも立派な若者で、簡単には比べられなかった。

娘が決めかねている間に、男たちの争いは激しくなっていった。 相手が引かないなら、自分も引くわけにはいかない。そうやって競ううちに、今にも武器を取って争いそうになってしまう。

娘にとっては、苦しいことだったでしょうね。 自分に会いに来てくれた二人が、自分のためだと言って傷つけ合おうとしているんだから。

この伝説は、『万葉集』にも歌われているの。 ただし、時代が下ると話の形も変わっていく。これから話す生田川での弓比べは、『大和物語』にも残る筋立てよ。

思い悩む娘を見かねて、両親は一つの方法を考えた。

生田川にいる水鳥を、先に射止めた者を娘の夫にする。

二人の気持ちを比べても決まらないなら、勝負で決めようというわけね。 弓の腕にも自信のあった二人は、その提案を受け入れた。

そして、弓比べの日が来た。

川岸には見物の人が集まり、二人の若者が弓を構える。 川には水鳥が浮かんでいる。 合図とともに、二人は矢を放った。

どちらかが外せば、それで決まったはずだった。 けれど、そうはならなかったの。

一羽の水鳥に、二本の矢が当たっていた。 伝わり方によっては、首と尾をそれぞれ射抜いたともいうわ。

弓の腕前まで互角だったのね。 これで決まると思っていた勝負でも、結局、一人を選ぶことはできなかった。

そして娘は、生田川へ身を投げてしまう。 それを見た二人の若者も、あとを追って川へ入り、三人とも命を落としたと伝えられている。

残された人たちは、三人を悼んだ。

娘のお墓が、処女塚。 その東と西にある二つの塚が、東求女塚と西求女塚。 娘を慕った二人の男のお墓だと、語り継がれるようになったのよ。

三つの塚を見れば、娘と二人の若者のお話を、今の町の景色に重ねられるでしょう? 娘の塚を、二人の男の塚が挟んでいる。別々の古墳が、一つの悲しい恋の物語で結ばれるのよ。

私はね、この話を聞くたびに、娘がどんな人だったのか、もう少し語られてもいいのにと思うの。

美しかったこと。 優しかったこと。 二人に求婚されたこと。

そこまでは、よく語られる。 でも、何をしているときに笑ったのか、どんな暮らしを望んでいたのか、そういうことはあまり聞こえてこない。

人の一生って、恋の話だけではないはずなのにね。

……と、ここまでが、世間に伝わっている菟原処女のお話。

でも、もしも娘が、死ぬために川へ入ったのではなかったとしたら? 私の知っているお話では、そこが少し違うのよ。

07:

では、ここからは私の話。

私が、あの土地の娘として暮らしていたときのお話。 今の暦でいうと、西暦五百年ごろのことね。

ええ、あとから菟原処女と呼ばれることになった娘役は私。 そこは大事だから、最初にはっきりさせておくわ!

……今、みんな同じ顔をしたでしょう。 でも、最後まで聞いてから判断してちょうだい。

あのとき、私にはやることがあったの。 その土地の人たちと、蚕の育て方や糸の取り方、布の織り方を工夫していたのよ。

蚕を育てて、糸を取り、布を織る。 言葉で並べると簡単だけど、実際にはいくつもの仕事があるの。やり方を一度見せたら、次の日から何でもできる、というわけにはいかない。

一緒に手を動かして、失敗したら原因を考えて、うまくいったら喜ぶ。 私が全部やってしまうのではなくて、その人たちの手でできるようになることが大切だった。

最初は私に聞いていた人が、隣の人に教えるようになるの。 その隣の人が、今度は別の人に教える。

それを見るのが、私は嬉しかった。

評判になったのは、たぶん、そういうところもあったんじゃないかしら。 綺麗な布を作る娘がいる、と聞けば、見に来たくなるでしょう?

もちろん、娘自身も美しかったわけだけど。 そこを省略すると、お話が成立しないからね!

織り上がった布を、見せに来てくれる人もいたわ。 前より綺麗に揃ったでしょうって、私が褒める前に自分から言うの。 布を広げる手にも、自信があるのよ。

私はいつも、今の処女塚の方から村へ通っていたの。 見つかると、今日はこっちにも寄って、と声がかかる。帰りに食べ物を持たせてくれる人もいたわ。

顔を見せないと、どうしたのかと心配される。 仕事がなくても家へ呼ばれて、おしゃべりをしているうちに、食事までご馳走になったりね。 明日もおいで、と言われたら、また行きたくなるでしょう?

そうやって、いくつも季節が過ぎた。 居心地はよかったわ。でも、私はずっとそこにいるために来たわけではなかった。

みんなが自分たちで仕事を進められるようになって、私の出番はおしまい。 そこで困ったのが、何を言って別れるかだったのよ。

どこへ行くのか。 いつ戻るのか。 困ったら、どこへ訪ねればいいのか。

そう聞かれると、答えに困るの。 何日歩いた村とか、あの山の向こうとか。そんなふうに教えられる行き先ではなかったから。

それに、困ったら私を呼べばいいと思っていたら、自分たちで試す前に探しに来てしまうでしょう? 教えに来たのに、いつまでも帰れなくなっちゃうじゃない。

だから私は、この土地の娘としての暮らしに、終わりをつけることにしたの。

私を探し続けるより、隣の人と次の布を織ってほしかった。

そこで私は、もう戻ってこない娘の最期を演じることにしたの。

あの娘は、もう帰ってこない。 そう受け取られる別れ方を選んだの。

もちろん、命まで終わらせるつもりはなかったわ。

綺麗に別れられると思っていたんだけどね。 実際には、そんなに簡単でもなかったのよ。

08:

いざお別れとなると、いつも通りには振る舞えなくなるものね。

もう次はないと思っているのは、私の方だけ。 周りの人たちは、明日も会えるつもりで話しかけてくるでしょう?

布の続きをどうするか、今度は何を作ろうか。 そんな相談をされると、つい一緒になって考えてしまうのよ。

私がいなくても大丈夫なのに、出来上がるところまで見たくなってしまう。 あと一枚だけ、と言い始めたら、いつまでたっても帰れなかったでしょうね。

でも、帰り方は決めていた。 私は、川へ姿を消すことにしたの。

その日ばかりは、おとなしくしているつもりだったわ。 しおらしい娘の最期を演じるのに、いつもの調子で笑っていたら変でしょう?

……しおらしい娘役、似合わないって思った? 自分でも、得意な役だとは言ってないわよ!

実際、気を抜くと、すぐにいつもの調子に戻ってしまうの。

心配して声をかけてくれた人に、いつもの調子で返事をしそうになったこともある。 さっきまで沈んだ顔をしていた娘が、急に元気よく応じたら変でしょう? そのたびに、ああ、今はそういう役だったと思い出すの。

別れたのは、西暦五百五年ごろ。 五年もいたのに、まだ帰りたくないなんて、自分でも困ったものね。

川のほとりに立つと、足が止まった。 ここを離れたら、もう明日の仕事の相談には加われないんだと思ったのよ。

布の続きも、顔を出してねと言われた家のことも、気になってしまった。 案外、帰れなくなる理由って、小さなことばかりなのね。

それでも私は、川へ進んだ。

向こうで誰かが私を呼んだ。 驚いた声がした。 それでも私は、振り返らなかった。

あのとき、誰かと目が合っていたら、もう一度戻って話をしたくなったかもしれないから。

でもね。 ここは、伝わっている話と違うところなの。

私は、死のうとして川へ入ったわけじゃない。

私には、そこから立ち去る手段があった。 水の中へ姿が見えなくなっても、それで私まで消えてしまうわけではなかったのよ。

川岸から見える私は、そこでおしまい。 でも、私の方には、その先があった。

こうしてみんなとお昼を食べながら話しているのも、その続きなのよ。

どうやって、と聞きたくなるでしょうね。 でも、それを説明し始めると、菟原処女のお話より長くなっちゃうわ。

川へ入った娘が、姿を消して、そのまま帰ってこない。 見送った人たちが知っているのは、そこまでだった。

帰ってこない娘を、死んだのだと思うのは無理もないわね。

お芝居だったからといって、残された人の悲しみまで嘘になるわけじゃない。 そこは、あとから考えても、簡単には片付かないわね。

みんなを悲しませたことまで、上手くいったとは言えないわ。

……ずいぶん湿っぽくなっちゃった。

でも、私があの土地でしたのは、お別れのお芝居だけじゃないんだから。

私がいなくなったあとにも、糸は紡がれ、布は織られた。 私から教わった人が、別の人に教えていく。私のことを知らなくても、織り方は覚えられるのよ。

それが、私にとっては何より大切な、そのあとのお話なの。

09:

……さて、ここまでの話に、私を取り合う二人の若者は出てこなかったでしょう?

出し忘れたわけじゃないのよ。 私を取り合って、あとを追って死んだ二人なんて、いなかったんだから。

私が帰るのを惜しんでくれた人なら、二人どころじゃなかったわ。 布を見せに来てくれた人も、明日もおいでと言ってくれた人も。私にとって大切なのは、そういう人たちのことなの。

三つの塚は、私が来る前からあったの。 三世紀から四世紀に造られたものだから、五百年ごろにはもう古い塚だったわ。

私が死んだから、あの塚が造られたわけではないのよ。 そもそも、私は死んでいないんだけど!

私はいつも、真ん中の塚の方から通っていたでしょう? 私がいなくなっても、その辺りを歩けば思い出した人はいたと思うの。

あの辺りに、機織りの上手な娘がいたんだよ。 こんなふうに教えてくれたんだよ、って。

その先は、私も見届けたわけじゃないわ。 子や孫へ伝わるうちに、あの塚の辺りにいた娘が、あの塚に眠る娘になったのかもしれない。

何代もたてば、私の顔や声を覚えている人はいなくなる。 でも、塚はそのまま残るでしょう?

七百年代には、娘と二人の若者、それぞれの塚が『万葉集』に歌われているの。 私が帰ってから二百年以上で、ずいぶん話が変わったのね。

誰が最初に二人を加えたのかは、知らないわ。 でも、どうして恋のお話になったのかは、見当がつくの。

たぶん、私が美しすぎたのね。 何を教えていたかよりも、どれほど美人だったかが、強く印象に残ったんじゃないかしら。

そんな娘なら、男たちが放っておかないだろうって。 真ん中の娘の塚を挟んで、二つも塚があるんだもの。いつの間にか、二人に求婚されて、取り合いになったお話になったんじゃない?

まあ、実際、私に惚れていた人なんて、数えきれないくらいいたけどね! 二人だけなんて、ずいぶん控えめなお話でしょう?

……本当に数えたのかって? 数えきれないって言ったじゃない!

でも、機織りが上手だったことも、忘れないでほしいわね。 美人だったことだけ伝わって、仕事の方が抜けちゃうのは困るもの。

さて、処女塚の話に戻りましょうか。

私が処女塚を自分の家だと言うのは、そこに埋まって眠っている、という意味じゃないの。

あそこは、私が帰ってくる場所なのよ。

お墓へ入った人は、もう帰ってこない。 でも私は、処女塚から出かけて、また戻ってくるのよ。

外から見るだけなら、木が生えている古い塚。 昔話を知っていれば、悲しい娘のお墓。 私が見れば、また帰ってきたと思う場所。

同じ場所でも、知っていることが違えば、見え方は変わるでしょう?

……中がどうなっているか?

そこまで一度に教えたら、自宅の紹介になっちゃうじゃない。 今日は、菟原処女の話をしていたはずよ!

私は恋に破れて去ったんじゃない。 仕事を教えに行って、帰るのが惜しくなるくらい、あそこでの暮らしが楽しくなっていたの。

そして今は、みんなの話を聞きながら、一緒にお昼を食べている。

私としては、こっちの結末も、なかなかいいと思うんだけど。

どうかしら?

10:

メグが話し終えると、茶畑が小さく手を叩いた。

「すご。最後、自分に戻ってくるんだ」 「最初から私の話だって言ったでしょう?」

メグが胸を張る。

「じゃあ、メグは悲恋のヒロインじゃないんだね」 「私があそこを離れた理由は、失恋じゃないわ!」 「確かに、しおらしいメグって想像つかないかも」 「ピー子、それはどういう意味かしら?」

メグに顔を寄せられ、坂本が笑いながら身を引いた。

摩耶は、机の上に残っていた茶畑のスマホへ目を落とした。 画面には、処女塚の写真が表示されている。

お墓だと思っていた場所が、誰かにとっては帰ってくる場所。

月に家があるという話も、菟原処女を演じたという話も、そのまま信じたわけではない。 けれど、メグの話を聞いたあとでは、さっき見た写真が少し違って見えた。

もっと聞いてみたい。

そう思ったところで、摩耶は自分が何のために星の教室まで行ったのかを思い出した。

「それでメグ、本題なんだけどさ!」 「ん?」 「今日の放課後、超自然科学部の見学に来ない?」 「超自然科学部?」

メグが首をかしげる。 その表情を見て、摩耶は少しだけ身を乗り出した。

「私が入ってる部活なんだ。町の都市伝説を調べたり、実際にその場所へ行ってみたりしてるの」

神戸の歴史や地理を調査するというのが、部の表向きの活動内容である。 けれど、メグに伝えるなら、そちらの説明の方が早い。

坂本が横から口を挟んだ。

「超自然科学部は、UFOとか呼んだりするんだよ!」 「なにそれ! 面白そうね!」

メグの目が輝く。 摩耶が説明を足すより早く、茶畑が続けた。

「そのUFOにピー子が連れ去られて大変だったんだから!」 「ちょっと! 変な嘘付かないでよ!」 「ピー子は可愛いから、みんな攫いたくなっちゃうんだよ!」 「やめっ! もう! 離れてよ杏奈!」

茶畑が坂本へ抱き着く。 坂本は頬を膨らませて抵抗しているが、本気で嫌がっているわけではないらしい。

メグは二人を見て、楽しそうに笑っていた。

「……まあ、実際には、こういう話を調べたりする部活なんだけどね」

摩耶は苦笑してから、改めてメグを見る。

「顧問の香取先生はカタカムナの調査を昔からしているし、きっと面白いと思うよ!」 「そしたら、一度行ってみようかしら!」

返事は、思っていたよりもずっと軽やかだった。 摩耶の方が、一瞬、言葉を探してしまう。

「……うん! じゃあ、放課後、一緒に行こう」 「よろしくね、摩耶!」

メグが差し出した手を、摩耶は握った。

初めて部室へ行ったときは、坂本に付き添ってもらった。 その自分が今、別の誰かを誘っている。

メグの手が離れてからも、摩耶の口元には笑みが残っていた。

「じゃあメグ、あとでさっきの動画送るね」 「楽しみにしてるわ!」 「杏奈、変なのばっかり送らないでよ」 「ピー子も笑ってたくせに」

放課後の約束が決まっても、四人の話は終わらなかった。

月に家があるという少女も、いつもの二人も、同じ机を囲んで笑っている。 摩耶もそこへ言葉を挟み、また笑った。

昼休みが終わるまで、まだ少しだけ時間があった。